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AV女優・蒼井そら「草食男子とか恥ずかしくないの?ニートみたいに名称つけて正当化するな、男なら狩りに出ろ」 - 痛いニュース(ノ∀`) (via shibata616, mrkn20) (via kalkan-b) (via mug-g) (via tiga) (via yaruo)
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「ネズミ講じゃない?」への返答として、正解は「そう思うよねー。俺も最初そう思ったんだよね」と共感を示すことだという。そして、「ネズミ講ってどんなもの?」と聞くのだという。
相手は名前を知ってる程度だろうから、うまく説明できずしどろもどろになる。まず相手に知識を吐き出させ、知らないことを認識させた時点で説明を始める。とどめに「ネズミ講っていうのは犯罪で、1977年に禁止になっているからもう無いんだよ」とかやるようだ(いま調べてみたら1978年公布の1979年施行だった→無限連鎖講の防止に関する法律 - Wikipedia)。すると、相手はなるほど違うんだねーという。ここであの決め台詞「そうそう、違うよ。全然違うよ」が出てきてうっかり爆笑しかけたのだが、さておき、ポイントを整理すると、
* 「オマエの商売ってやばいんじゃね?」と指摘がある
* 必死に否定してはいけない。まず共感を示す。相手との対立を避けて同じ立ち位置にいるように演出。心理的な隙を呼び込む
* 小難しい部分については相手に説明させ、その揚げ足を取る側に回ることにより、少ない労力で相手をやり込める
と、いったところか。そうすると質問に対し即座に「違うよ」とやるマーク副社長のアレは、根本的に間違っていたのだなあ。
"GoogleのPay Per Post問題で何とも残念に思うこと :Heartlogic (via otsune)
2009-02-20 (via gkojay) (via motomocomo) (via h-yamaguchi) (via toronei) (via petapeta) (via xlheads) (via yaruo)
これは、男性は付き合った経験が結婚に結びつきやすいことを意味している。男性には、経験がない男性が、経験がないまま独身で残り続ける。一方、女性は、付き合った経験と結婚が結びつかないことを意味している。つまり、女性の場合は、交際相手が過去いたが結婚に至らなかったというケースが多いことが推察される。
このことは、男性の結婚チャンスは、恋人経験数に比例するが、女性は恋人経験のない人にも結婚チャンスは高い一方、恋人経験があっても、結婚に結びつくとは限らないことを意味している (これは、男性が恋人経験がない女性を結婚相手に求める傾向が関与している可能性がある)。
(中略)
つまり、「もてる男性は結婚可能性が高いが、もてる女性は結婚可能性が高いとはいえない」という結果が出ているのだ。
"日本の未婚者の実情と、「婚活」による少子化対策の可能性 - 山田昌弘 (クォータリー生活福祉研究 通巻74号 vol.19 No.2)
(via yaruo)
先日、学生たちとの飲み会で、参加者の1人が悲痛な告白を始めた。盛り上がっていた宴は静まり返り、みんなの目に涙が浮かんだ。
もう全部なくなっちゃったの、と女子学生は言った。人生最悪の体験を語る彼女の言葉に、周りは震えながら耳を傾けた。彼女は携帯電話を落としたのだ!
強い衝撃を受けた携帯は修理不能となり、長年ためていたメールやアドレスやボーイフレンドの写真は二度と戻らない。彼女は涙を拭い、みんな心からの同情を寄せた。これぞ東京では日常的な悲劇──「携帯落下」の悲劇である。
東京人にとって携帯の話題は、天気と同じくらいありきたりだ。誰もが何かしら言いたがる。携帯はお金と同じくらい東京の生活に欠かせない。だから携帯を落とした人がいると、周りは子供が目の前で転んだときのように心配する。
誰かの手から携帯が滑り落ち、くるくると宙を舞い、舗道に弾むのを目撃すると、私はつい笑いだしそうになる。持ち主はあたふたしながら携帯を追い掛け、キョロキョロと地面を捜し回る。普段はクールな東京人が一瞬でパニックに陥る姿は、どこか滑稽だ。
"今日も東京で起きているケータイの悲劇と喜劇 | 東京に住む外国人によるリレーコラム | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (via kogumarecord)
(via yaruo)
Twitter / @grinder: “「まぁ」を多用する人は「他人は他人、自分は自分」と …
まぁそうだな
(via raurublock)
うん、まぁ、そうかな。
(via pdl2h)まぁ、ね
(via scsa)まぁ、そうかも
(via yaruo)
ヴァレンシュタインの軍は、先述のように、住民に対する略奪を行いませんでした。そのため、傭兵集団でありながら厳格な軍規の下に高いモラルを維持し、それが戦場での強さに繋がったのでした。
しかし、それではどうやって軍の給養を確保したのでしょうか?
ヴァレンシュタイン個人の経済力だけでは、とても12万を超える人間の群れを養うことなど出来ません。そこで彼が発明したのが「軍税制度」です。すなわち、占領地域や進軍先の諸侯に対して「治安維持税」や「略奪免除税」を課税するのです。諸侯は、なにしろ12万の大軍に逆らうわけにはいかないので、仕方なく要求された税金をヴァレンシュタインに納めます。そしてヴァレンシュタインは、この財源を用いて兵士を食わせていたのです。
それでは、ヴァレンシュタインに脅迫された諸侯は、どうやって税金を納めるのか?もちろん、領民に対する搾取によってです。結局は、ヴァレンシュタインが間接的に民衆から収奪していたというわけ。しかし、搾取を受ける民衆の恨みは、直接の納税主体である領主に向けられるので、ヴァレンシュタイン軍そのものは、民心を失わずに済むのです。なかなか、あざといですなあ。
ヴァレンシュタインが、ウイーンの宮廷で「2万人なら養えないが、5万人なら養える」と広言したのは、つまりはこういう意味だったのです。なにしろ5万人の威力があれば、どんな封建諸侯からも難なく税金を取り立てられますものね。
ヴァレンシュタインは、「戦争によって軍隊を養う」戦争企業家だったのです。その投機は大成功し、彼はヨーロッパで最も富裕な人物になりました。彼がプラハに築いた壮大な豪邸(ヴァルドシュテイン宮殿)では、毎日100皿以上が晩餐に供されたといわれています。
「軍税制度」は、従来の常識を破る画期的な仕組みでした。ヨーロッパは、これによって初めて10万を越える大軍を常時運用できるようになったのです。これの究極の完成者こそ、19世紀のナポレオン1世でした。
"らいぶどあならつぶせるがおりんぱすはつぶせない
(via petapeta)(via yaruo)
何か問題が発生して、たいていの場合、まず真っ先に呼ばれるのは「便利屋」であって、問題がそこで解決しても、そこから「信頼」は生まれない。問題が煮詰まって、「便利屋」には解決できない状況になって、今度はたいてい、「信頼できる人」が呼ばれる。信頼できる人が問題を解決しても、もしかしたら問題を解決できなくても、その人に対する信頼は高まって、一方で、「使えない便利屋」は舌打ちされる。
内面の「まじめさ」は、信頼の役にはたたない。
信頼は、「相手の選択肢が枯れた状況で、問題の解決を提供する」ことで生まれ、相手の選択肢が枯れ続けている限りにおいて、信頼は勝手に大きくなっていく。「問題を解決すること」それ自体は、信頼については、たいていの場合どうでもいい。
"DV男は相手の顔を殴る - medtoolzの本館 (via kogumarecord)
(via yaruo)